ミカドさんからの通信は、決まって、日付が変わったあたりの時間に聞こえてきました。そうして、回線が繋がっているのは、一日にたったの10分ちょっとくらい。どうも、星の角度の関係のせいだったらしいっすね。一日にほんの少しのその時間の間、ボクたちは、色々なことについてを語り合いました。ボクはクラリティ市について喋って、僕の大好きだったスポーツの話をして。ミカドさんは、イプシロンという星についての話だったり、好きな本の話だったりをいろいろと聞かせてくれました。

≪イプシロンは植民星なんだ。だから、自然環境も、太陽系とはずいぶんと違っているらしいね。僕はここで生まれたから、細かいことはよく分からないんだけど≫
「えーと、ってことは、やっぱりエイリアンとかが住んでるとか……」
≪はは、それを言うんだったら僕らのほうがエイリアンなんじゃないかな。星には色々な木や草が生えていて、海が広くて、夜は暗くて……≫
「だったら、こっちとも大して変わらないんじゃないっすかねー。こっちも木が生えてて海があって夜は暗いっす」
≪そうなのか。なんだ。じゃあ、人間の住んでいる所だったら、どこでも大差は無いってことなのかなあ≫
 そうして、ミカドさんは、ボクがラジオの中に入れていた『棘星』についても教えてくれました。『棘星』はイプシロン特産のある種の鉱物の結晶だったんっすよね。風の強い日の翌日なんかには浜辺中に落ちているって言ってました。この金色の星みたいな鉱物の結晶が、黒い砂浜の一面に、光ってるって。
≪子供の頃には喜んでよく拾ったよ。でも、棘星の棘は尖っていて鋭いだろう。大人にはよく叱られたな。危ないから拾うんじゃないって≫
「浜辺とかを歩くときって大変じゃないっすか? 踏んだら足に刺さりそうっすよ」
≪そうなんだよねえ…… でも、こっちだと、浜辺で泳ぐようなことなんて出来ないからなあ。海に行くときは必ずアーマーブーツを履いてたから、それほど危険っていうほどのものじゃなかったよ≫
 ボクらはそんな風に言っていたけれど、ミカドさんがボクに教えてくれたのは、ボクのいたクラリティとは全く違う、不思議にエキゾチックな異星の光景についての物語でした。
 天を突くくらいの高さに伸びて酸素を吐き出す月見草の森のこととか、どこまでも蒼い砂ばかりを敷き詰めた死の砂漠のこと。蒼味のかかった太陽に照らされる下をヴェールをかぶって行き来する人たちのこと。金のわっかを転がして大通りを走る子ども達と、その背中にどこまでも長く長く伸びたセピア色の影のこととか。
 クラリティはたしかに時代のある住みよい都市だったっすけど、所詮は、地球圏の内部にある衛星都市に過ぎなかったんっすよね。テラフォーミングされた公園は決まりきった光景しか見せなかったし、区画整理をされたビル街は清潔であってもミニチュアみたいに退屈でした。ボクは、いつの間にか、ミカドさんの語ってくれるイプシロンVの光景に憧れるようになってきていたんっす。
「ボクも一回行ってみたいっす」
 ボクが言うと、ミカドさんは、決まって笑ってこう返しました。
≪僕は一回でいいから地球の黄色い太陽を見てみたかったよ≫って。
 ミカドさんと喋る事が気晴らしになってたんでしょうね。そのころになって、ボクは、スクールでも、元通りに明るくなったねって言われる事が増えてきてました。ボク自身は逆に驚いてたくらいなんっすけどね。ボク、そんなに余裕の無い顔をしてたんだろうか、なんて。
 話を色々と聞かせてもらうだけじゃなくて、ボクのほうも、ミカドさんにお礼をしたいって考えてました。でも、ボクの話って言ったら、たいして面白いことも無いクラリティ市の話とか、部活でやってたスポーツの話題ばっかりだったっすけどね。そもそもイプシロンを出た事がないし、幼い頃から特殊通信士の仕事をしていたミカドさんには、どっちも、あんまりぴんとこないらしい話題だったようでした。だから、ボクもいろいろと考えたんっすよ。何か、ミカドさんが喜ぶようなことは出来ないかって。ある時、思い切ってそう言ってみたら、ミカドさんは、≪ちょっと考えさせて≫と答えました。それから、次の日に言いました。
≪だったら、何か、本を読んでくれないだろうか≫って。
 話を聞いてると、ミカドさんの仕事は忙しくて、外にちょっと尋ねていくようなヒマすらもないかのような様子でした。聞かせてもらったイプシロンの光景の話も、聞いて見ると、子どもの頃の思い出話ばっかりで。そう気づいたとき、ボクは、ミカドさんにちょっと申し訳ないような気持ちになりました。なんつってもボクはヒマな学生だったわけっすからね。だから、ミカドさんの退屈を少しでも紛らわせてあげられるんだったら、なれない本の朗読くらい、してもいいかなって気がしてきたんっす。
 一日に接続できる時間はたったの10分。だから、自然と、ボクが読むために選んでくるものは、ショートショートの類とか、詩のたぐいのようなものが多くなっていったんっす。
 幸い、ボクの家には、たくさんの本がありました。見てのとおり、ボクは純然たる極東系の生まれっす。父や祖父の大切にしてきたコレクションの中には、20世紀から21世紀あたりの古典作品がたくさんあって。ミカドさんは、その中でも、とある20世紀初頭の作家の作品がたいそう気に入ったようでした。
 ボクは、ミカドさんと一緒に、たくさんの物語を読みました。
 二人きりの兄妹がサーカスを追いかけていく話、めくらぶどうの果実が虹に憧れる話、川底で暮らしている小さな蟹のおとぎ話や、死者たちを乗せて星の間を走る鉄道の物語とか。
 そのうちに肩の調子も元通りによくなって、ボクは、部活動のほうにも復帰する事ができたっす。でも、ちいさなラジオを媒介にして、遠い星に住んでいる人と声を交わす小さな楽しみは、ボクにとっても大切なものであり続けていたんっすよ。遠い星の話が物珍しかったってのもあります。でも、どっちかっていうと、ボクは、ミカドさんっていう人の声を聞く事が、他の何よりも好きになりはじめていたんっすよ。遠い星にすんでいる、やわらかなテノールに掠れた声をした、……星を越える声を持った、あの人の声が、何よりも。

 そんなある日の、ことでした。