その日、ボクは、枕元にラジオを置きっぱなしにしてたままで寝てました。いつもみたいに。聞こえてくるノイズを子守唄にすれば、痛い肩を抱えていても、やすらかな気持ちで眠れたから。でも、その日は肝心のラジオの音がでなかった。ちょっと中途半端な気持ちを抱えて、布団の中でうとうとしてたときでした。
 いきなり、ラジオから、声が聞こえてきたんです。
≪ハロー、ハロー、聞こえますか≫
 ……って。
 ボク、半分寝ぼけてたんでしょうね。思わず、答えちゃったんっす。
「はい、聞こえます」って。
 それきり、ラジオは黙りました。そこで、ようやく異変に気づいて。だって、そのラジオは壊れてるはずだったんっすよ。音なんてするはずなかったのに。
 ボクが驚いて起き上がり、ラジオをあちこち弄り回しました。でも、やっぱり黙ったままで。おかしいなぁって思って首をかしげて、つぶやいたんっす。「壊れちゃったのかな?」って。
 そしたら。
≪ハロー、ハロー。……聞こえますか? 貴方は誰だ?≫
 もう一回、いきなり、ラジオが喋って。
 今度こそ、ボクは、正真正銘、肝をつぶしました。
 だって、それはラジオだったんっすよ。電話じゃない。通信機じゃない。そのくせ、向こうの喋ってる内容は、まるで、こっちの声が聞こえてるみたいな感じだったんだから。
 ボクはしばらく考えてから、おそるおそる、問い直しました。
「こんばんは。ボクは子津って言うモノですけど ……貴方は誰っすか?」
 今度は、間髪入れずにラジオが答えました。やわらかに掠れたテノールで。
≪こちらはイプシロン中央管制局。そちらの定位座標と所属をどうぞ≫
 ボクは返事に詰まりました。なんて返事をしたらいいのか分からなかったんっすよ。だって、管制局とかなんとか言われたって全然分からなかったし。ボクが声を呑んで黙り込んでいたら、そのうち、ぷちって言って通信が切れました。

 その時は、これっきりのことだって、思ってたんっすよ。


 翌日、ボクが学校に行ったら、昨日、一緒に市場に行った友達が、不思議なことを言ってきました。
 ボクの友達はすごい声が小さい人だったんっすけど。曰く、昨日買ってきたパーツについて調べたら、大変な事が分かったって。昨日の棘星っていうものは、なんと、何百光年も向こうの開発星の産物なんじゃないかって言うんっす。
 なんでそんなものが無造作に市場に転がってたのかは結局分かりませんでした。友達は心配して、ちゃんとしたところに届けた方がいいんじゃないかって言ってくれたっすけど、ボクは、なぜだか、そういうことにするつもりには全然なれなくて。
 多分、その昨日の夜の通信の事が、気になってたんでしょうね。
 それで、結局この棘星はどこの産物なのか、って聞いたら、友達は、答えました。
 多分、イプシロンっていう名前の星の産なんじゃないか…… って。


 その夜、ボクは、半信半疑の気持ちになりながら、昨日と同じ通信を待ってました。そしたら、予想通りにラジオが喋り出した。深夜のことでした。
≪ハロー、ハロー、こちらイプシロン。聞こえますか?≫
「はい、聞こえるっすよ」
 ボクが言うと、瞬間、相手が黙りました。おそらくは、ボクとおんなじように、肝をつぶしてたんだと思うっす。
 しばらくたって、ラジオは、こういいました。
≪君は…… 誰だ? 昨日の子かい?≫
「はい」
 ってボクは答えました。
「ボクはクラリティ市の子津…… 子津忠之助っていうモノです。貴方は誰っすか?」
≪子津…… 子津くんか。君はクラリティ市の通信士かい? 一体どうして、僕の声を聞けているんだい?≫
 そう聞かれたから、ボクは、自分の方の事情についてを説明しないといけなくなりました。その人の声を拾っているのはただの鉱星ラジオだってこと。ボクはただの中学生で、SPY値が高いとは一応言われてるけど、なんの訓練も受けないただの学生にすぎないってこと。
 その話を聞いたその人は、たいそう驚いているみたいでした。後で知ったことなんですけど、その人のいる場所から、ボクの住んでるクラリティ市までは、何百光年も離れていたんっすよね。何百光年も離れた場所とタイムラグ無しで会話できるって事が、どれくらいすごいことか…… あなたにも想像できるでしょう。
≪どうして≫
 って、その人は呟きました。
≪なんでこんな回線が繋がっているんだろう?≫
 不思議なのはボクも一緒だったから、ラジオのこっち側で、ボクも、その人と一緒に首を捻りました。でも、ふと思い立ったことがあったんっすよ。例の棘星について。
「あの…… ボクが使ってるラジオ、改造してあるっすけど。部品の一部に『棘星』ってものを使ってるんっす。もしかして、それも関係あるんじゃないっすか?」
≪棘星だって?≫
 その人はびっくりしたように問い返してきました。
「はい。本来はパーツに使うものじゃないんっすけど……」
≪そうか…… 棘星か。なるほど≫
 なるほど、とその人は呟きました。
≪僕も、たぶん、そいつが犯人だろうと思うよ。こっちだと幾らでも浜辺に落ちていたものなんだけどね≫
 その人の声のトーンは、さっきまでの何倍も優しくなってました。ボクは思わず目を瞬きました。その人は言いました―――
≪僕の名前は、ミカドっていうんだ。……今、イプシロンVの中央管制局にいる≫
 話したっすよね。イプシロンってのは、ボクの住んでたクラリティから見ると、何百光年も向こうにあった星だったって。
≪なんだか不思議だな。こんな時になって、君のような子と話をさせてもらえるとはね≫
「はい…… でも、ボクのほうがビックリしたっすよ」
 言うと、その人は少し笑いました。そんな気配がラジオ越しの虚空を渡ってきたんっす。そうして、その笑いの尻尾を透明な闇に残したまま、その日も、ぷちりといって回線は切れました。


 それから、だったんっす。
 ボクが、その人と…… ミカドさんと、お話しするようになったのは。