ボクに鉱星ラジオをくれた友達が、ある日、急に、ボクの事を呼び出したんっす。
 妙な事が分かった――― って。

「子津、まだ、その人との回線は繋がってるの?」
 ボクの事を呼び出して、友達は、開口一番にそんなことを言ったんっす。
 その友達がはっきりした声でものを言うのはとても珍しいことだったから、ボクのほうが驚いちゃったくらいでした。ボクは聞き返しました。
「毎晩話してるっすけど…… どうしたんっすか?」
 友達はとても言いにくそうにしていました。でも、どうしても言わなきゃいけないことだと思ったんでしょう。その友達のお父さんは、政府の高官だったんっすよ。そうして、その友達は、言ったんです……
「イプシロンVへの通信が不通になったっていう見解が中央管制局から発表された。イプシロンの太陽が膨張しはじめているせいだって…… 通常の波長通信は一切使えなくなっているらしいんだ」
 ボクは、耳を疑ったっす。
 通信が不通だとか、太陽が膨張し出してるだとか。ほとんど災害映画のプロットみたいな話で、現実感はぜんぜん沸かなかったっす。でも、意味くらいは理解できた。……つまり、そのイプシロンっていう星は。
「イプシロンには数百万の人口があったはずなんだけど、その避難先がどこなのかも明らかになっていないんだ。父さんたちは対策と情報収集で必死だよ。……子津、ほんとうにその人はイプシロンVの人間なの?」
「ミカドさんは…… 特殊通信士だって言ってるっすけど」
 ボクはクラクラとしだした頭を抱えて、必死で考えました。
 アクセラレーターを使用した特殊通信は、距離や宇宙線の影響などを全く受けない、唯一の通信方法っす。でも、それをいうと、逆に、特殊通信を利用した回線だったら、どこから接続してきていてもまったく同じになってしまうって言う意味でもあるんっすよね。近い場所か遠い場所か、それすらも良く分からない。
 ボクは最初に考えました。もしかしたら、ミカドさんは、イプシロンVの人間じゃないのかもしれない、って。
 だって、もしも友達の言ってる事がそのとおりだったら、ミカドさんには、暢気にそこいらの子どもと喋ってるヒマなんかがあるとは思えない。二百何光年も離れた地球圏でまで対策が講じられるような災害っす。下手すれば惑星全滅の危険もあるくらいのことだってことで…… 思えば思うほどに、ボクには訳が分からなくなって行きました。
 ミカドさんが嘘をついてるとは思いたくなかった。いえ、思えなかったんっす。ミカドさんがボクに語ってくれたイプシロンの美しさや、ボクがたどたどしく本を読む間、聞いていてくれる透き通った沈黙の様子。嘘をつくような人によって作られているとは、思えなかったし、思いたくもなかったんっす。



 その夜、ボクは用意しておいた本を読む代わりに、ミカドさんに、問いかけました。
「貴方は、本当は、どこの誰なんですか?」って。
 その夜は雨が降ってました。否、ボクの住むクラリティ市では、雨って言うのは夜中に降るもので、昼間には絶対に降らせたりするようなものじゃなかった。人の面倒になるからです。クラリティ市っていうのは、それくらい、何もかもがコントロールされている街だったんっす。
 不躾な問いかけに、ミカドさんは、しばらく黙り込みました。それから、言いました。
≪僕はイプシロンVのミカド。中央管制局に勤めるミカド・Uだけど……≫
「ボク、今日、友達に聞いたんっすよ」
 愚かしい事に、ボクは、必死になってました。ミカドさんが本当はどんな立場に立っているのかも知らずに。
「イプシロンは膨張する太陽に飲み込まれる寸前だって。もう、どんな通信も伝わらなくて、住んでた人たちがどこに避難してるのかも分からないって…… まさかミカドさん、そんなおっかない場所にいるわけないっすよね? ほんとはどこから通信してきてるんっすか?」
 その瞬間、はっと、短く息を呑む気配が、ラジオの向こうから聞こえました。
 それきり、ミカドさんは、黙り込んでしまいました。
 何か聞いてはいけないことを聞いたと、ボクは、すぐに気付きました。でも、一回口に出したことを取り消すなんて出来やしない。ボクは必死でミカドさんに呼びかけました。すいません、何か悪いことを言ったでしょうか。だったらごめんなさい、返事をしてください、って。
 何も返事が返ってこないまま、10分は、空しく過ぎていこうとしてました。でも、最後になって。
 最後になって、一言だけ。
 ぽつり、とミカドさんが呟いたんです。
≪……死にたくない、って≫
 掠れた、小さな声でした。ボクはあやうく聞き逃しそうになって、言いかけた台詞を慌てて喉に飲み下しました。
≪もしも、僕が、死にたくないって言ったら…… 軽蔑するかい?≫
「えっ?」
 かすかな、ほんとうに微かな呟きでした。そうして、ボクが慌てて聞き返そうとした瞬間……
 ぷつり、と通信は途切れました。