こういう状況は想定していなかった。


「あっの朴念仁!!」
 だだん、と机を叩いた。辰羅川が。
 猿野はその正面で叫びを聞かされている。もう思わず正座だ。

「ああいうのを朴念仁というのですよ、ああいうのを」
「う、うんそうだな」

 自ら注いだウーロンに口もつけずに、やたら据わった目でぐだぐだと犬をけなし続けるモミアゲを、どうしたもんかと思いつつ眺めた。
 ここまで煮詰まらせるとはいったい何をしたんだ、犬コロ。
「野球さえできればいいとでも思っているんでしょうかね、教科書に名前書くことすら人に言われないとできないんですよ、よく失くすくせに」
「……たっつんそこまで面倒見てやってんのか、すげえな」
「そこまでやってやらないとあっという間にお先真っ暗です。まったくあのバカは一体どれだけの他人の努力の上に胡坐をかいてるかなんて、切りそろえた爪の先ほども想像できないんです、いったい筋肉動かす以外の脳みそをお持ちなのでしょうかね、いえ愚問でした私としたことが、あれに人間の脳みそが入ってるわけがありません、ゴキブリ並ですゴキブリ並。本能といじきたなさだけです」
「…………否定は、しねーけど」
「あれと比べたら、猿野君あなたでさえ、あなたでさえですよ、よほど高等な人類という輝かしく素晴らしい存在です。ええあれと比べたら」
「そーれは犬コロがとんでも貶されてんのかオレが馬鹿にされてんのか微妙なところだな」
「あれを貶してるに決まっているでしょうあなたまさかあれの肩を持つつもりですか、ああ信じられないこの世のものとも思え」
「ストーップたっつん! 誰が犬の肩を持つよコラ」
「ならばいいんです、ああよかった。あなたに来てもらってやっぱり正解でした」
「うん、そういえば何でオレだけ呼んだの」
「あなたなら私がいくらあの駄犬の悪口を言ったところで余計な心配はなさらないでしょう」
「……いや、ここまで来ると流石に心配だけど……?」
「心配なさらなくて結構です」
「…………」
「大体、一人じゃ何も出来ないくせに友人もろくにいないなんてありですか、友だち作るくらい自分からやる気になれとゆーんです」
「…ああ、そうだなあー」
「あれとも長い付き合いですが、もう嫌気がさしたどころか嫌気に串刺しにされましたよ、どうでしょう猿野君あれをどうにかしてこの国から駆除できませんかね?」
「………………あのさ、」
「ええどうでしょうどうにか合法的にできませんでしょうか」
「…………どうしたよたっつん」
「…………」
「犬コロと喧嘩したんか」
「…………」
「どしたの」

 モミアゲはらしくなく唇を子どものようにむに、とつぐませ、それからぷは、とらしくなく短いため息をついた。
「いえ、特に、何も」
「……何も?」
「何もありませんよ」
 突然の愚痴を聴かされている猿野よりも、辰羅川の方が困った顔をしていた。何も、ないんですけどね。呟いて口をつぐむ。

「あー……つまり、何もないけどとにかく、ちょっと、犬の悪口を言いたくなったと」
 助け舟のようなつもりで、言うと、ええ、と頷いた。そういうことらしい。
 ふうむ、と腕を組んで猿野は考える。



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