『グスコーブドリの伝記』




 ……あれ、分かっちゃったっすか。あはは、このジャケットを着てりゃバレバレっすよね。はい、そうです。ボクの名前は子津忠之助といいます。連邦所属の特殊通信士(キャスター)の仕事をしています。
 と、言っても、ボクなんかはたかだかBプラスレベルの認定しか受けてないっすからねー。アクセラレーターが無かったら『普通の』人間と全然代わらないっすよ。小説に出てくるテレパシストなんかとは全然違うんっすから。
 はい、そうです。だから、ボクは、このアルビオンの職員なんかじゃないっすよ。こんな辺境に、というか、こんな辺境だからこそ、特殊通信士が配備されるとしたら、相当な実力者じゃないと仕事がつとまらないっすからね。今日は単に休暇を取りにきてるだけなんです。ちょっと用事がありまして……
 それにしても、今日は、すごい人出っすねー。展望デッキだけじゃなくて、下のほうまで観光客で一杯っす。ボクは一月くらい前からアルビオンに滞在してるんっすけど、なんか、だんだん人が増えてきてるみたいっすね。
 あなたはココは初めてなんすか? そうですかあ。でも、偶然だとしたら、すっごいタイミングっすよー。……え? なんでかって?
 そうっすねー。
 じゃあ、まず、ちょっと空を見上げてください。
 きれいな星空でしょう? ……あはは、確かに、ステーションだったら当たり前かもしれないっすよね。
 でも、ここの空だけは、ちょっと、特別なんっす。ちょっとあっちのほう…… ボクの指差す方角を見てください。
 ね、あそこに赤い星が見えるでしょう。そのちょっと横のほうを見てください。何か、空に違和感がないっすか?
 ……ね、そうでしょう。
 ココの空はね、ただの空じゃないんっすよ。特別の空…… たくさんの星空の、パッチワークで出来てる空なんっす。
 専門家には、『蜃気楼』って言われてる現象らしいっすね。なんでも、この辺りの空には細かな次元のゆがみが大量に発生してて、星の光を捻じ曲げて、遠くのモノを見せたり、逆に、近くのモノを隠してしまったりするらしいんっすよ。だから、日によって違う空が見える。時と場合によっちゃあ、何百光年も彼方の空がみえたりすることもあるらしいんっすよ。
 ボク、もう一ヶ月もここにいるんっすけど、この空だけは、いくら見てても飽きないっすねー。昨日には赤くなった年を取った太陽の空が見えて、また別の時には薔薇色の光をまとってゆっくり回っている星雲が見えたりするんっす。時と場合によっちゃあ、空間のゆがみが『宙虹』みたいに星に暈をかけることもあったりして……
 はい、そうなんっすよ。ここに集まってる観光客の人たちは、みんな、この空を見に来てるんです。
 と、言っても、普段はこんなに人の沢山いる場所じゃないっすよ。今回はちょっとだけ特別……
 皆ね、見に来てるんっすよ。『超新星爆発』ってヤツを。
 ほら、見てください。あっちの空。あっちの空は、名前を、『アルビオンの野』って呼ばれてるんっす。ここからはおよそ250光年離れた所にある星系です。そこにある、『nightjar』って星が、7年前、超新星爆発を起こした―――
 その姿が、この、アルビオンの空に投影されてるんっす。皆、それを観察しに来てるんっすよ。
 見えるでしょう。あれが、『nightjar』です。あの蒼くってちっちゃな星。本当はもう7年前に消えてしまってるはずの星っす。その光が、もうすぐ、この空に届く。

 あの星の最後の姿を見せてくれる―――

 え? なんっすか?
 あはは、違うっすよう。だから、ボクはたかだかBプラスの能力者なんっすから。しかもまだペーペーの新人っすよ。まだ、専門教育を受け終わったばっかりみたいな身分なんだから。
 はい…… そうっすね。たしかに、ここの空は捻じ曲がってる。『CALL』をかけるにはぴったりの場所っすよね。向こうの星の姿が確認できるんっすから。だから、この基地には『ソング』や『ウォークライ』に使うための大きなアクセラレーターも設置されてます。でも、ボクには使えないっすね。ボクはどっちかっていうと受信のほうが得意っすから。
 はい。ボクはアナザータイプっぽいところがあるんっすよね。受信力だったらAクラスレベルの感受性もあるんっすけど、送信のほうが全然ダメで。こればっかりは才能っすからね。どーしよーもない部分ってのもありますし。
 ……はい。
 ……はい、でも、確かに、そういう特殊通信士の方ってのも、たまにはいますよ。いわゆるサイキックってヤツっすよね。アクセラレーターやドラッグの助けが無くても、顕在レベルの現象を起こす事ができる人たち。
 でも、そういうサイキックみたいなレベルの現象を起こせるのって言ったら、最低でもA+、もっと言うならFクラスの認定はもらってないとダメっすからね。そうなっちゃうと、やっぱり、何千万、何億人に一人って具合でしか見つからないっすから。コロニーに一人、惑星に一人、っていうクラスになっちゃうっすからね。大体、そういう人たちって、大抵は自分の能力は隠しきっちゃってるものですしね。
 ボクが知ってるFLクラスの能力者ってのは、たった一人だけ――ー
 そうっすね。星が光りだすには、まだ、もうちょっとだけ時間がありますから。
 その人の事について、お話しましょうか。