※ パラレルです。かなりパラレル度高いです。そして痛々しいです。不幸です。猿と犬が親子です。
  何があっても許せる心の広い方だけ、お進みください。
  作品の内容を汲んでの感想は喜んでいただきますが、「有り得ない」「許せない」などの感想は承りかねます。





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 間違ってたかなあ。天国は思う。
 お前に、お前に相応しいだけの前向きの幸せを。自由を。
 そんな贅沢を思ったのがいけなかったのかな。

 お前が大人になったら、なんてことであの頃は頭がいっぱいだったのに、今は、まだこんなにちっちゃなお前にお腹いっぱいに食わせてやることもできない。



 何十年と戦争を繰り返してきた国に生まれた。
 数年の戦闘状態と、十数年の休戦状態が交互に訪れる。人々は十年を夢の為に費やして、数年だけ夢を見て、そしてそれを壊されて、何度も何度も、そうやって生きていた。

 ささやかな夢を築いて、崩れて、また築いて。

 オレは、彼女は、あの人は、ささやかな夢をずっと見ていたかったんだ。
 お前にはささやかな夢だけずっと見ていてほしかったんだ。


 最後の休戦期間、その前の戦争から帰ってきた剣菱さんは、みんなの夢の一つの立役者として活躍した。
 スタープレイヤーだった彼は、その収入と財産と、みんなつぎ込んでこの国のプロ野球を立て直した。
 球場は歓声と熱気に包まれて、電波には彼のスーパープレイが流れて、皆、彼に夢中だった。
 希望とか、夢とか、そういう言葉なんか思い出した。
 疲弊しきった想いを、思い出した。
 また戦争になってまたいろんなものを喪くすのは嫌だ。

 剣菱さんは、その想いの先頭に立った。
 もう戦争には行かないんだと自ら宣った。
 もう戦争をしない国になろうと呼びかけた。
 自由な人や自由な国は人を殺さないんだと言った。
 夢がある人や夢が叶えられる国は人を差別しないんだと言った。


 けれどまた戦争がはじまって、反戦運動は反国家運動とみなされるようになった。
 剣菱さんは徴兵に逆らい、運動を続けたので捕らえられた。
 そのまま獄死した。




 剣菱さんの大学の後輩だったオレは、剣菱さんの妹の凪さんと結婚して、剣菱さんと共に活動していた。
 学生時代に負った怪我のせいでプロ野球には行けなかったけれど、幸せだった。
 剣菱さんと、オレと、凪さんと、息子の冥で、幸せだったんだ。

 オレも凪さんも大概親バカだったけれど、その比じゃないくらい剣菱さんは甥バカで、冥をねこっかわいがりにしていた。
 両親+αがとんでもない野球好きで、父親は怪我さえなければ球界一のスラッガー、伯父は現球界一の大スターとくるもんだから、大げさでなく、冥はほんものの野球の王子様だった。
 しかも、親の影響だけじゃなく本人そのものが天性の野球バカだった。
 なにしろ一歳の誕生日、でっかいバースデーケーキよりも特注のグローブに狂喜した赤ん坊だ。

 こいつは、オレも天国も越えるバケモンみたいなプレイヤーになるんだって、剣菱さんは言った。

 オレもそうなるんだって信じてた。
 大きくなって、剣菱さんの球を打とうと必死になり、オレを打ち取ろうと躍起になるんだろう。
 そんな未来を楽しみにしていた。
 そんな未来の為に、つかの間の平和がずっと続くように、懸命だった。



 剣菱さんが国家に殺されたのは、冥が四つになったばかりの春。
 憤慨したファンと一緒に、オレたちは活動を続けた。

 戦争は終わらなかった。どんどん激化して、徹底して軍国主義的な法律が次々と出た。容赦なかった。
 オレも凪さんも何度も逮捕された。
 死んでも負けるもんかと思った。


 だけどある日、観念した。

 冥を、施設に入れるようにという命令が来た。軍の施設に。
 お前はオレの息子で剣菱さんの甥っ子だからきっと強いに違いなくて、大きくなったら兵隊にさせられて、たくさん人を殺さないと生きていけないようになる。そんなの可哀相だとオレは思ったんだ。
 お前の大好きだったおじさんは、夢を投げ合うための肩を人殺しには使わないんだと言って死んだんだ。

 自分たちだけならなんとかなるし覚悟もある。
 けれど冥まで狙われては、オレたちにはもう他に術はなかった。
 三人で一緒に、自由を生き延びるためには、亡命するしかなかった。


 凪さんは、その旅の途中で命を落とした。




 剣菱さんが死んだところで、人でなしの国に降伏して、オレだけ時々戦争に行ったりして、そうやって数年間やりすごせばよかったんだろうか。
 人殺しに賛同して、歴史とか、時代とかに逆らわないで暮らしていればよかっただろうか。
 学校とは名ばかりのミニ軍隊に冥を入れて、教育勅語を暗記するのなんか手伝ってやれば?

 そうすれば少なくとも、こんな隠遁生活をさせていない。



 亡命といったって外国にツテがあるわけでもない。
 ただがむしゃらな逃亡だった。
 ようやく辿り着いた戦争と無縁の土地だけど、素性の知れない外国人なんて受け入れてくれるところは全くと言っていいほどなく、こんなところに人が住むのかっていうような山奥で小作人のような仕事にようやくありついたばかり。
 働いても働いても、得られるものは少なかった。
 けれど、生きるためには夜中まで痩せた土地を耕し続けるしかない。



 おやすみ、冥。父さんは仕事だ。

 ひとりぼっち、お前を寝かしつけて。
 一日中、仕事。
 ゆっくり話しもしてやれない。遊んでもやれない。
 いつもひとりぼっちにして。
 近所には一緒に遊んでくれる子どももいない。
 外に出れば冷たい大人に指をさされて、そうお前にはオレしかいない。
 だけど父さんは仕事だ。


 そんな生活も三年目になる。



 六つの子どもは、宝物を抱いて眠る。
 生まれた国での最後の誕生日に新調してやった皮のグローブ。
 ちっちゃいけれど造りはほんものの特注品だった。

 子どもはほとんどしゃべらない。
 歌は、ときどき歌う。
 背はひょろひょろ伸びて、でも痩せっぽち。
 グローブをいつだって大事に持ち歩いている。
 だけど、ボールがない。ボールを投げてくれる人もない。
 一人で石を投げて遊ぶ。
 夜はひとりぼっちで、眠る。

 淋しいとも言わずに。
 ぎゅっと、宝物のグローブを抱きながら。



 ごめん。
 こんなに淋しい思いをさせて、なのにオレは疲れて帰ってくるしかできない。
 一緒にいられるのは、夕方からお前がベッドに入って眠るまでのちょっとの間だけ。
 朝はお前が目覚める前に畑に行く。夕方帰ってきて、貧しい食事をして、お前が眠ればまた出かける。
 これくらいしなくちゃ、生きていけない。
 おまえが愛しくて、生きていくのをやめられないから、働かなくちゃいけない。
 オレだって、淋しいけれど。辛いけれど。でも、お前が愛しいのだから。



 眠る子どもの顔に癒されながら、天国はふと夢を描く。

 父さんは仕事で忙しい。
 あまり一緒にいられない、お詫びにお土産をたくさん買ってくる。
 あまいお菓子に、走りやすい靴に、そうだ、おっきくなったお前の手にぴったりの、ぴかぴかのグローブ。
 そして赤い縫い目の入ったカッコイイ、ボール。
 父さんはまた仕事に行かなきゃいけないけど、夕日の赤い間は、お前が父さんを独り占めしていいんだ。
 だから父さんとキャッチボールをしような。なんて。



 一瞬描いた夢の重さに、天国は潰れそうになった。










「おやすみ」  2005/06/27
こんな救いのない話を書いたのは初めてです。あわわわ。
小さい頃に聞いた「おやすみネグリート」という(たしか)歌をおぼろに思い出しながら書きました。
つか初パラレルがこんなのってどうなのか私。