表舞台に立つ、というのはこういうことなんだろうな、と思った。
 スタンドを振り仰ぎたい気持ちをこらえて、ネクストバッターサークルから出る。
 拍手。歓声。メガホンを叩きつける音。自分の名前。吹奏楽部の演奏。

 あの中に、このあいだ手紙をくれたホルン吹きの女の子がいるはずだ。
 握手してください、と言ってくれた剣道部の子もきっと来ている。
 先頭で音頭をとる清熊と、野球部員たちと、沢松と梅さん。
 その後ろにまだ、こんなにいとしいと思える人たちがいる。

 はじめはたった一人のためにバットを手にした。
 次に、チームメイトのために。
 その次に、自分のために。
 そして、チームのために。

 この上さらに、この人が為に打ちたいと、この人たちが為にこの土の上に立ちたいと、思える人たちがいたなんて。

 一打、ワンプレー、すべてに心を込めて捧げたいと思う。
 オレを、見てくれてありがとう。


 ボックスに入れば、視界はピッチャーの利き腕にフォーカスされる。
 耳の後ろでキャッチャーの気配を探る。
 スタンドの声は消える。
 ピッチャーが振りかぶった瞬間、視界の端で兎丸の姿がちかりと光って、初球から走りに行くのがわかる。
 一球、見送るか。
 キャッチャーが二塁に投げはしたものの、誰が見てもセーフで、塁審も形だけ両手を広げる。
 兎丸が満面の笑みで親指を立てて寄越し、ボールがピッチャーに返るやいなやベースを離れ、スタートの構えをする。
 バッターボックスに向き直ったピッチャーがそわそわしながらグラブの中でボールを握りなおしている。
 キャッチャーのサインに頷く口元が緊張している。
 振りかぶって、あ、打ち頃。

 打球がセンターの頭上を越えると、スタンドの歓声が戻ってくる。ゆっくりダイヤモンドを回りながら、自分に向けられる笑顔をめいっぱい浴びる。
 背中を、炭酸がはじけるみたいな、爽快な感覚が走って抜けていく。



 高校を卒業したら、自分はこれをなくして生きていけるのだろうか。
 かといって、この道で生きていけるのだろうか。

 表舞台に立つ。
 ひとに、見ていてもらえるということ。
 そのかわり、逃げられないということ。



 ホームで待っていた兎丸と並んで、ベンチ前を走る。
 全員とタッチする。
 点が入ると、みんなが、こんなに嬉しい。
 最後に、ベンチ横でキャッチボールをしていた犬飼とタッチした。
 犬飼の手は、硬いがあたたかかった。


 あったけえんだよな、いろんなものが。
 スタンドに手を振ると、拍手が大きくなった。
 凪さんが笑って手を振っていた。

 これをなくして生きていけるのかな。

 頭にかぶったタオルの間から、日の射して美しいグラウンドと、そこに向かう次のバッターの背中を見つめた。










「意義とか価値とか」  2009/11/08
日本シリーズ終わって、今年も野球をみれてよかったと思いながら。イメージは初夏。