身体の欠損はあきらかに寿命を削るらしい。



 猿野は片腕でオレを抱き、耳の後ろから襟首までをやさしく撫でている。
 オレは、かたく暖かい腕と、眠りに、深く深く沈んでいくところだった。睫毛さえも自分では動かせないような気だるさ。
 頼むから、こんな、オレがお前に何か言い返すこともできない、殴れもしない、抱けもしないような時にそんな嫌なことを言ってくれるな。

「オレさあ、お前よりは先に死ぬんだろうな、いつかわかんねえけどさ、でも先に死ぬんだろうなあ。そしたらさ、お前、ひとりでもちゃんとコーヒー、豆から挽いてちゃんと淹れて、ちゃんと美味いコーヒー牛乳、毎日飲めよ? 自分でできなきゃ、誰かにやってもらえよ? オレがいなくなったからって、オレがいたときよりさみしそうな生活なんか、すんなよな。飯食わしてくれる人とか、笑わせてくれる人とか、ちゃんと側におけよ? オレが死んだらさみしいだろうけどさ、さみしいのに構うよか、ちゃんと自分の生活とか、明日のこととか、考えるんだぞ? ちゃんとできるのかなあ、お前。心配だ。お前さ、オレが生きてるうちに、オレがいなくなった後のこと、ちゃんと考えておけよ? じゃないと心配でオレ、時々眠れねえ。お前が望まなくてもオレが望まなくても、つっか、オレがお前の側にずっと居たくたって、オレは多分、先にいなくなるから。ちゃんとやっていけるように、考えておけよ? そしたらオレ安心するし」

 ばかやろう。
 言い返したい。殴りたい。

 ……黙れと言って、抱きたい。

 足掻いて足掻いてももとっくに体は眠りの中で、せいぜい、ひとつふたつ、涙を搾り出すくらいしか、オレにはできない。
 流れる前に馬鹿の唇が目蓋に触れて、オレをもっと深くまで突き落とそうとしている。

 必死で抗って、ようやく動いた右手で、馬鹿の肩を掴んだ。
 人差し指と中指と、親指は、肩を掴んだが、薬指と小指は何も掴めなかった。
 オレよりずっと早くに傷ついたお前は、本当にこれから、こうやってこぼれていってしまうのかもしれない。

「オレさー、オレにできること全部、お前にしてやっときてえんだよなあ。いっつもいろいろ考えてんだ。何してやろうな。何でもしてやる。お前、して欲しいこととか、言えよ。全部。できるったけ、してやっからさ。できねえことも多いけどさ。たとえば、さみしがってるお前の右手に、オレの左手を繋いではやれねえなあ。くやしいよな」

 後頭部に回った猿野の右手がぎゅうとオレを抱き込み、オレはお前の鼓動を近くに聴く。
 ばかやろう、何が何でもしてやりたいだ。そんなもん、していらねえよ。いらねえんだよ。

 何も何も、ちょっとだっていらねえよ。
 お前に抗いたい。オレは、涙を流し、お前の余計な優しさなんかを、お前の匂いを吸い込むしかできないで。……お前が突き落とした……引きずり落とされた……眠りの中に……



 ああ、でも叶うことなら、ひとつだけ。ひとつだけ、これっきりでいい、叶えてほしい。



 明日の朝、目覚めたオレにキスをしてくれ。










「ピロウト ゥク」  2006/10/22
日記よりサルベージ。24の二人ってどうだろうと考えたらこうなった。パートナー持ちに評判よかった。