いつも笑っている人間を見ると、時々、ちょっとは休めよ。と思ってしまう。
表情の乏しい自分が、与えられっぱなしのような気がする。 犬飼のイメージほど常に笑っているわけではないが、猿野が纏う空気は、常に傍に居る者の心地よさを意識して整えなければ作れないものだ。こちらの存在を無視せず、許容して自然体。自分の世界に入り込んでいてさえ壁がない。ここまで来ると、隣人の快適など意識しなれていて既に本人は無意識だ。 傍に居る人間を、丁寧に愛しながら育ったのがこういう人物なのだと、最近思うようになった。 こなれて、手練れた、しかし手を抜かない愛し方だ。誰にでもできることではない。 二人きりでいて、そんな猿野を独り占めしているといたたまれなくなる。 こいつの愛し方に、オレはいつになったら追いつけるだろう。 「お前さ」 「おう、」 コーラをぐびぐび飲みながら熱心にテレビを見ている猿野に話しかける。 こんな風にただ、人の隣に居るということがオレにとってどれだけ贅沢かなんて、人を愛し馴れたお前にはわからないだろう。 居てもらうんでもねえ、居てやるんでもねえ、ただ、居る。 許されなきゃ、そんなこたできねえ。 この一秒一秒が、お前に与えられたものだ。ただで。何の他意もなく。 まるで奢られているようだ。まかせっきりで三食全部、好物ばかり出てくるような、そんないたたまれなさ。 奢られっぱなしは、むずむずして、どーも、どーもあれだ。 「何か、オレにしてほしいこととか、させたいこととか、ないか」 「は? え、何突然」 「何でもいいだろ。ないのか、何か」 「え〜〜〜〜?」 きょろ、と視線を寄越して、犬飼が真面目なのを認めて猿野は笑う。 「どうなんだ」 「うーーーーーん、別にねえよ?」 「…ないのか」 「うん、ねえなー」 「………………」 がっくりと肩を落とす犬飼を眺める猿野は実に楽しそうだ。 しばらく意地悪くニヤニヤしたあと、仕方ないからフォローしてやろうとでもいうふうに口を開く。 「お前さ〜、もしも、もしもだよ、たとえば、チーム優勝して祝勝会でビールかけしてる最中とかにオレが、どーしても傍に居てほしい、とか電話したら、全身ビールまみれのまま抜け出してタクシーに飛び乗ってここまで帰ってくるだろ」 うん。と犬飼は想像する。確かに自分は飛んでくるだろう。 オレのことなど猿野はなんでもわかっている。野球への思いとか、今のチームにどのくらい恩があるかとか、真ん中で投げている投手仲間のことがすごく好きなこととか、組んでいる捕手があまり口煩いこと言わないのでちょっと寂しいこととか、実は監督が怖いこととか。少年ファンにサインをねだられるとめちゃくちゃ嬉しいんだとか。とにかく何でも知っている。不器用さも義理堅さも。 何もかも承知した上で望まれたことに、どうして応えないことがあるだろうか。 年上だらけのチームの面々に、目を合わせるヒマもなく頭を下げまくって言い訳もできずそれでもとんずらするに違いない。 「別にほんとに呼びつけやしねえけど、さ。お前絶対来てくれるよなーとか考えると、それだけで楽しい」 くふん、と鼻に抜いて笑って、猿野はざりざりと犬飼の頭を撫でる。 「そこ、玄関に息切らして上がってきて。ぐっしょり濡れてて、ビールくせえの。オレ大笑い」 応酬を想像するのは容易い。 ビール臭いと猿野が騒いで、やっとの思いでたどり着いた犬飼は怒って、胸ぐらなんか掴んで、引き寄せて、触れて、二人して濡れて、ビールの匂いがして。そして玄関で酒臭いまま抱き合うかもしれない。 「そういうの、幸せだろ」 笑う。 反論もできずだからといってそれだけで納得するわけにもいかず、拗ねた顔をした犬飼を、さらに笑う。 「好きなんだぜ、お前が」 「……ちくしょ」 抱き寄せて、ぎゅーっと、した。 悔しいが、それだけで幸せの匂いがする。 |
「メロウ」 2006/04/30 こういうのを殺甘っていうんだっけ? |