足の付け根に、犬飼の太ももが触れたのがわかった。
 ハ、と短く、息をついて
「全部、入った」
 と犬飼が告げる。
 犬飼のももの筋肉が小刻みに震えていて、ああ、動きたいんだなと思う。
 体を支えていた両手をそろそろとずらし、右手をどうにか浮かすと、腰を掴んでいる手を探り握り締め、
「犬飼、犬飼、まだ動くなよ」
 と囁いた。
 犬飼の熱が自分の中にあって、嬉しかった。
 性器だけでも、丸ごと包み込んでやれるということが、途方もなく嬉しかった。
 ぱたぱたと音を立てそうなくらい涙が出て、どうしようもねえなあと思う。
 好きだなーと思う。
「ッ、猿」
 上ずった声で犬飼が呼んだ。
「待って、な、もう少し」


 動き始めてしまえば、こんな風に、受け入れてやる側としての喜びだけ感じていることはできないだろうから。みっともなく痛がって、与えられる刺激に振り回されるだろうから。
 まだセックスじゃない。これは抱擁だ。
 抱きしめてんのは、オレなんだぜ。

 犬飼の手を握りなおして、首をゆるく振り、息をつく。
 無意識に収縮するそこに、犬飼の性器も小刻みに揺れている。
 唇なり舌なりを、噛みながら耐えているのだろう、ふしゅ、ふしゅ、と不自然な呼気を後ろに聞いた。


「ふ、あ、犬、」
「さる、もう」
「ン、ウン。動け。いいよ………ッ、ぅあ、あ!」


 軽く揺さぶられただけで、引き攣って持っていかれそうな感覚が、怖い。
 怖い、けど。
 苦痛の混じった猿野の声に動きを止めた犬飼を、咽喉の奥で笑う。
 余裕なんかないくせに。

「来い、よゥ」

 思いがけず、酷く声が掠れた。
 煽られたか、犬飼から低く呻りが漏れた。


 再び不器用に動き出した犬飼を、背中でもっと感じたいと思った。
 動くのなんかやめて、いや、動いてもいいけど、抱きしめて、ぺたーっとくっついてくれないかな、なんて思った。
 そんな器用なこと、こいつにできっこないけど。
 今さら、正常位ですればよかったななんて思う。
 自分に包まれて、いっぱいいっぱいな男の頭を、いい子いい子と撫でてやりたい。
 抱かれてくれてありがとうと、両腕を伸ばして求めてやりたい。



 あー、好きだなーと、思った。










「うしろから」  2006/02/14
別にバレンタインに初夜を迎えたわけじゃありません。いつごろなんだろうな。いつごろなんだろう。