今年も、合宿は伊豆だった。
 二年生以上の面子は表向きだけは余裕綽々と、内心ではかなりてんぱりながらメニューをこなし、去年はああだった、こうだったと懐かしく語らいながら、ゆったりと温泉に浸かっていた。

 去年は野宿組だった猿野も軽々と(楽々と、ではない)部屋入りを果たし、のほほんと広い湯船で足を伸ばしていた。

 大浴場は、よくよく引き締まった体をもつ高校球児であふれかえっている。
 図体はでかいが、無駄な肉を蓄えた者はほとんどないので、学校旅行の風呂時間に感じるほどのむさ苦しさはない。

 筆頭ピッチャーと、不動の四番という立場の二人は、暗黙の了解的に湯船の中で一番いいところを占領していた。
 特殊ガラスの大きな窓の下で、見上げれば暗い森と星が、ゆったりと湯に浸かれば浴場のあちこちで繰り広げられる喧騒が全て目に入る。

 初めは当たり前のように固まっていた二年レギュラー陣も、湯船にタオルをつけちゃなんねえだの、被り湯が後ろに跳ねるのはよくないだの、湯船の縁に尻をつけて座るなだの、やたらと温泉での作法に厳しいことを、しかも揃って口にする猿野と犬飼を煩がって、あちこちに散っていた。

 そして、犬飼と猿野は二人で並んで湯船の一番奥に陣取って、他の部員たちを観察することになったのだった。

 男が男の裸を見て何が、と普通は思われるのだが、二人には見るべき箇所があった。
 彼らの視線は、いくつかある湯船の間を行き来する、または据付のシャワーの前で体を洗う、部員たちの尻に注がれていた。

「……司馬とかやっぱ、けっこういけてんな」
「………………ああ」
「あと目立たねーけどキザトラもいい引き締まり方してやがるー」
「…………それは予想済みだろ」
「っつーかスバガキもスミにおけねえ!? あいつ何気にすごくねえか?」
「走りこんでるからだろ」
「こう見るとスバガキも男だなー。ピノコは普通にかわいいのによ」

 遠慮のない二人の視線に気づくものもあれば、全く気づかぬものもいる。
 気づいたものは何か居心地の悪さを感じ、そそくさと湯船に沈んだ。

「んー、脇キャラはやっぱ脇キャラなりの尻だな」
「脇とか言うな……で、お前の仮説は実証できそうなのか」
「多分」
「で、実証されたらどうすんだ」
「そりゃ、鍛える」

 だろうな、と呟いて、犬飼は両手で湯をすくった。ぱたぱたと落ちる湯は、当温泉地一の湯量を誇る宿のものだけあって、これだけの人数の男がつかっているというのに、澄んだままだ。
 とりあえず、やっぱり温泉はかけ流しに限るよな、と呟くと、おうよ、と猿野が隣で頷いた。

 今時の高校生の間では、なかなか通じる話ではない。
 犬飼と揃って固く絞った旅館タオルを頭に乗せ、猿野は幸せそうに溜息をついた。

「なあ犬よ」
「何だ猿」
「去年はなんつーか仲悪いともいえねーくらい仲悪かったな、オレら」
「別に仲良くなったつもりはねーけど、それがなんだ」

「去年の合宿でオマエと語り合えなかったことが悔やまれてよ」
「………………」

「やっぱ三象先輩とか蛇神先輩とか、すっげえ見栄えしたよな」
「………………」
「って、去年は誰にも言えなくてさー」

 あれ、でも三象先輩はそんなにモテてないな、と首を捻る猿野に、何となくばしゃりとお湯をはねてやった。
 何となく。もしかしたら照れ隠しが少しは入っていたかもしれない。

「なんだよ、コメディお江戸でござる毎週見てるお前ならわかんだろうが、このテーマの奥ゆかしさが」
「確かに、去年語らえばよかったな」
「だよな」
 うんうんと頷き、猿野は満足そうにいい湯だな〜、と口ずさんだ。



「…………あれは何なんすか、辰羅川君」
「さあ……気味が悪いですねえ、さっきから二人してじろじろと。しかも仲良さそうに」
「あ、なんかねえ、モテる男は尻自慢とか兄ちゃん言ってたよー」
「はい?」
「は?」
「あれ、違った、江戸の男は尻自慢……?」
「…………どちらにしろわけわかんないっすよ……」



 疲れたように仲間たちが溜息をついているのも知らず、猿野はキョロキョロと浴場を見回していた。

「とりあえず、オレはそろそろ上がるぞ」
「んー」
「茹で猿になって戻って来い」
「んだとコラ」

 犬飼に突っかかりながら、はた、と猿野は口を閉じて、にやりと笑った。

「………………残るはお前だな」
「……なっ?」
「認めたくはないが一応お前もモテ男の部類だ、オラ尻見せろ!」
「変態猿が、寄るなボケ!」
「さっきまでお前も一緒に観察してたじゃんか、オレだけ変態とは言わせん! ホラホラ明美のおケツも見せてあげるから!」
「うるせえお前にだけは見せてたまるか! っつーかいらん!」


 ばしゃばしゃと派手に取っ組み合いはじめた二人を迷惑そうに見やって、再び各所から溜息が漏れた。




 男の、尻にこだわるということ。










「男の尻にこだわるということ」  2004/07/17
変な話ですいません……(土下座)
江戸の男は尻自慢なんですよ。競ってたんですよ尻の魅力を!
という伝統を踏まえ、猿野がモテる男=イイ尻というのを実証しようと野球部連中を観察していたのですな。
でも現実的な話、長打手と投手は尻デカいんだよね……(例:松井とか野茂)
彼らはイチロー(日本に居た時限定)や星野さん(監督ではなく)のような例外だと信じつつ……うん……