自分の存在意義とか価値とか、信じてる人ってどんくらいいるんでしょうね。


 突然そんなことを言い出した猿野に驚くそぶりも見せず、獅子川はのんびりと空を仰いだ。
 こういうところが、この人の落ち着くところだ。こんなことを他で言ったら、猿のくせにどーしただの頭大丈夫かだの病院行って来いだの悪いもん食ったのかだのキモイだの言われてちょっぴり胸クソの悪い思いをするだけに違いない。

「そうそういるわッけねえよな」
「そっスよねえ。ゴロゴロいたら気持ちワリー」

 ならいいや、と呟いて、猿野はグローブを拭いていた布をくるくるまとめ、別の布を手に取る。
 ワックスの缶をかぽ、と開けて、新しい布に薄くとった。クセになる不思議な匂いが、ふっと漂う。

「そういや」
 獅子川が口を開く。
「はい?」
「ひッとりいたな」
「は?」
「自ッ分の存在意義を信じて疑わねーヤツ」
「あー…誰?」
「牛尾」
「そうなんスかー。まあわかるような気がしないでもねえッスけど」
「ああ、LOVEと努力があッれば何でも叶うって信じてる」
「ナルホドー」
 ケタケタと笑って、グローブにそうっとワックスを延ばした。
 自分に厳しいあの野球貴族は、強く希めば叶わないことなどないと、純粋に信じている。
「少年マンガの主人公みたいな人ッスね」
「アイツが主ッ人公のマンガ……うッぜえ…絶対うッぜえ」
 律儀に想像したらしく、獅子川は肩を揺らしてげらげら笑った。
 自分もつられて笑いながら、ああそうか、と納得する。
 要は、自分にとって意義があるように生きれば良いのだ。
「って、それが一番難しいっつーの」
「あン?」
「や、こっちの話ッス」
 言って、手許のグローブに視線を落とす。
 こうやって手入れをするたびに、道具が優しくなっていくような気がする。
 それはおそらく使い込むことによって革が軟らかくなったり、馴染んできたりするせいなのだろうが、不思議なものだと思う。
 牛尾が野球はLOVEだ、というのが自分なりにわかる気がする。
「おッ前、そのグローブ何代目?」
「まだ一代目ッスよ。始めて二ヶ月だし」
「ほー」
 くい、と猿野のグローブの指先をつまんで、獅子川は笑った。
「いッいグローブじゃねッえか」
「ねずッチュ―に選んでもらったんスよ。沢松も一緒に行って」
「そりゃ正ッ解だ」
 シロートは道具の選び方なんてわかんねーからな、と笑って、獅子川も自分のグローブに手を伸ばす。

「先輩のは何代目?」
「こいつは」
 と即答した獅子川に、きっとこの人、いままで使ってきたグローブ全部覚えてるんだろうなと思う。

「へー」



 どうでもよさげな返事をしながら、なんとなく嬉しくなった。










「意義とか価値とか」  2004/04/10
本当はグローブに油塗るのは購入時の他はせいぜいシーズンに一回くらいなのですが、個人的にワックスの匂いがすごく好きなので、嘘だけど書いてみました。