アメリカの野球少年




 思い切り駆けた後はいつでも心地よく気が昂ぶって、鼻歌が止まらなかった。
 こんな時に浮かんでくるメロディーは荒野のなんたらとか、草原のなんたらとかいったアメリカ的な曲ではなく、決まったように暴れん坊なんとかなのだから、いやはやどこに居てもやっぱり自分は日本人なのだと思う。
 ガンマンを気取りながらも魂はサムライだぜ、なんてな。
 その日は街に戻ってもご機嫌なままで、暴れん坊将軍(のテーマ)も止まらなかった。

「……それ」

 ぼそっとした声に肩を叩かれ、振り返るとスポーツバッグを肩にかけた少年が立っていた。
 目線は、ほぼ同じ。年の頃も同じと見えた。

「ん、何だ?」
「ニッポンのドラマだろう? 日本人か?」
 ジャパニーズ、ではなくニッポン、と言った。よく見れば、少年の髪は脱色で、顔はアジア人顔だ。
「おう、日本人だ。もしかしてアンタもか?」
「ああ、といっても日本語はあまりできねえんだけど」
「ふうん」

 日本人は珍しくはないが、ありふれて出会えるわけでもないので、なんとなくそのまま話をした。
 お互い野球をしていることで多少の盛り上がりを見せ、けれどもどうにも野球に対するスタンスが違うようで、一瞬で盛り下がってしまった。
 少年からはむしろ好ましい匂いを感じるのに、どうも気は合わないようだ、と内心首を傾げた。


「オレ、来年日本に行くんだ」

 そろそろ、という雰囲気が漂い始めた頃に、ぽつんと少年が言った。

「帰る、んじゃねえのか?」
「日本に帰るとこはねーの。家族は多分生きてるけど、どこにいるかもわかんねえし、わかっても会いに行けねえ、と思う」
「ふうん……」
 そうかー、会いに行きてーのかー、と思ったが、他人のことに踏み入る趣味はないので何も言わなかった。
「あんた、兄弟いる?」
「兄弟はいねーな」
「そっか。 ……オレは、弟がいる」
「……こっちにか?」
「日本、に」
「そっか」
「つっても、どうせ会ってもわかんねーけど」
「別に、いんじゃねえ?」
「え?」
「わっかんなかろーが、兄弟は兄弟だろ」
「……っかな」
「だろ」

 少年は何だか嬉しそうにはにかみ、けれどすぐに振り払うように顔を引き締めた。


「あんたとは、会えたらいいと思う。オレはキジムラだ。雉子村黄泉」
「オレは獅子川文。日本で会えたらいいな」



 アニキは英語だと訛ってないと思う。あれは訛りなのかわかんないけど。