にーにーとおひるね




 唐突に思い出した。
 オレはあれのことを「にーにー」と呼んでいた。

 思い出したところで16にもなってそんな乳臭い呼び方なんぞできるわけはなく、今日も「おい」とか「オマエ」とかで呼びかけるしかない。
 あっちは楽でいいと思う。
 昔っから「アマクニ」と呼んでいたのだからそれでいい。
 兄という実感はいまだになく、それでも顔を見合わせれば他人の感はない。

「おい」

 茶だ、と襖を開けると、アメリカかぶれがオレの布団に寝っ転がりながら小難しい顔をしてこちかめを読んでいた。
 こいつは八月いっぱいこちかめを読み続けるつもりだろうか。

「アマクニ、ヒグラシサンって誰ダ?」
「ジャンプ一寝る男だ。茶を飲め」
「ン」

 麦茶をすする顔は、鏡の中で見慣れたパーツだ。ただ纏う雰囲気は違う。
 そしてだらだらとマンガを読んでいる姿は、嫌なくらいこの狭いオレの部屋に馴染んでいた。

「おまえさあ、それ飲んだら散歩でも行け、一人で」
「ナンデ」
「なんでもとにかく行け」
「いやダ」

 たん、と卓袱台にカラになったグラスを置くと、また布団に戻ってこちかめを読み出す。
 オレの部屋は標準的に六畳なので、布団を二組敷くには卓袱台を片付けなければならず、昼寝をしたいオレはちょっとイライラする。
 ていうかそれはオレの布団だ。

「てめえ、どけ」
「ナンデ」
「寝るんだよ、オレが」

 しぶとく布団になつくむさい体を蹴り転がして、枕キープ。毛布もキープ。
 敷布団は当たり前だがぬくまっていて、ああ、やだやだ、野郎の体温なんか嬉しくもねえ。
 アメリカかぶれはかぶれてるだけあってどうもこっちの常識が通用せず、会話は疲労を覚えることしきりなので、とにかくシカトして、向こうから部屋を出て行くのを待つ。じれったいのは少々我慢だ。

「アマクニ」
「……」
「アマクニ〜」
「……」
「……」

 そろそろせめてひらがなで発音しやがれ、と思わないでもない。
 18のくせに舌ったらずでイライラする。

 無視を続けると、ふう、と溜め息をつくのが聞こえ(なんかムカつく)、ヤツは立ち上がるとカーテンを閉めた。
 おお、人並みの気遣いもできんじゃねえかと意外に思う。
 しかし、部屋は薄暗くはなったものの半端にまだ明るい。カーテンきちんと閉められないなんてあいつはお子様か。
 またイライラしながらそれでも目を瞑っていると、こともあろうに何か毛布の中に何かもぐりこんできやがった。

「てめっ…」
「気ニシナイデ、寝テナ」

 ふざけんな野郎と同衾なんて耐えられるか、と怒鳴ろうと目を開けたら、目の前にあったのが足で、絶句した。
 足かよ。ちょっと足に怒鳴るのは、な。ちょっとな。
 恐る恐る自分の足元を見やれば、そっちの方に怒鳴りつけたかった頭があって、腹ばいに頬杖ついてこちかめを読んでいた。
 こちかめのあるあたりにほんのりと細く光がさしていて、ああ半端に閉めたカーテンはこのためだったのかと思い当たる。

 ぼんやりと、昔もこんな体制で昼寝をしたかもしれない、と思う。
 昼寝するオレにはまぶしくないようにカーテンを隙間だけ空けて、入れ違いの体制で、こいつは絵本なんか読んでいたかもしれない。
 それはただのイメージかもしれず、ただこの毛布を分け合う感覚をオレは知っている、と思った。

 チクショウ、眠くなってきた。
 傍に人がいてすぐ眠くなるなんて、ありえねえ。こんな傍に。こんな傍にいて。


 寝ちゃうよ。にーにー。