太陽の王子と魔法のランプ |
朝と昼に一回づつ、夕日が落ちる前に一回、夜の月に向かってまた一回。 恒例のお祈り(朝バージョン)を終えて、オレは長い廊下を歩いていた。 昨晩の寝不足がたたって頭と瞼が重い。 いつもは後ろをずらずらと付いて回る侍女達にも、今日ばかりは断りを入れた。 今、あんな香と花の香りがたっぷりする花びらの上を歩いたら、オレはきっと卒倒してしまうだろう。 昨晩、ちょっと本気で考えてみた。 願い事。 一日に一つ叶えてくれるという。 最初は、願いを叶えてくれるなんて最高だ!なんて思った。 けど実際考えてみると、思いつくのはくだらない事ばかり。ちっとも決まりゃしない。 思えば、オレは願いらしい願いを持った事が一度も無かった。 ガキの頃から願えば大抵の事は叶ったし、それ以前に、大抵の物は願う前にもう目の前に並べられていた。 だってオレ、王子だし。国の最高権力者の後継者だし。 おもちゃも、お菓子も、願えばたらふく与えられたし食えた。 周りの事はほとんど侍女がしてくれるし、不自由などした事は一度も無い。 いかん。 オレは首を振った。 せっかく太陽王からもらった精霊だ。この、願いが無いという事態を何とかしなければ。 物ではなく、何か、魔人にしか出来ない事を考えてみよう。 「…願いかー」 まだ日の高い内の廷内は白く眩しい。 よく磨かれた大理石で作られた柱以外、宮殿のほとんどは白で統一されている。 上を見上げれば、高い天井の先に真っ青な空が見える。 天井いっぱいに大きく描かれた、晴れ渡った太陽の国の空だ。傍には天使達が羽根を広げ、踊るようにして描かれている。 空は太陽の国の誇りだ。この国の民はみな晴れ渡ったこの空を愛し、敬い、奉っている。 ふと思い立って、オレは廊下の外の、花の咲き乱れる庭園に出た。 ここは見渡す限り花と緑で覆い尽くされている。どこまでも続いているのではないかと思うぐらい広大な景色。 見上げた先には、あの画と同じ色合いの空が広がっている。 いい天気だ。 部屋に戻ると、魔人は部屋を出た時と同じ格好で床に座っていた。 扉を閉めると瞼を開けた。琥珀色の瞳。やっぱり綺麗だと思う。 目があった。瞬間、 「今日の願いは決まったか」 と聞かれる。 さっそくそれか。 花弁の撒かれたベッドを避けてオレはソファへ腰掛けた。 毎朝ベッドには花弁を撒く。夜の内に集まった悪い気を浄化するためらしいが、オレはこれが好きではない。 「まだ。つーか眠い」 ソファにも花弁が一枚付いていて、鼻の頭に皺を寄せてそれをつまむ。甘い香の匂いがする。 「昨日はよく眠れなかったようだな」 と魔人が言った。 オレは首を傾げた。何で知ってるんだろう。 「何で知ってんだよ」 「気の色でわかる」 「へー、すげえな!」 「起きてる時のお前の気は、黄色に近いオレンジの色をしている。太陽王と似ている」 「へー!」 へー。感心な事だ。 そう思いながら、オレはふと考えた。 あれ、ちょっと待てよ。 「お前心の中が読めるのか?」 「いや。でも気の具合で大体は読める。細かい所は知らんが。」 「…」 「何だ、読んで欲しい相手でもいるのか。それが願いか?」 「…いや。いい。やっぱ」 一瞬、頭の中にあの人の影が浮かんだけど、オレは慌ててそれを振り払った。 やっぱだめだ。 心を盗み見る、なんて、そんなの。 「願いなら言え」 「いいってば!」 「とりあえず。お前が何か言わないと、オレはずっとここにいなきゃならんのだが」 「え、何で」 「昨日お前がそう命令したからだ」 「…嫌なんだけど…」 「オレもだ」 魔人が肩を竦めた。全く失礼な奴だ。 オレはソファに倒れこんだまま腕を組んだ。天井を睨む。 願いかー。 地べたに座っている事に飽きたのか、魔人がふわりと身を起こした。 ふわりと。その両足が宙に浮かぶ。 「…お前、空とか飛べるよな?」 「まあな」 「じゃあ、俺も飛べるか?それが願いってのは?」 「いいだろう。了解した」 魔人はすうっと目を閉じた。 片手を伸ばし、オレの両足にぽんぽんと触れる。 するとたちまち体中の重力が抜けていった。 金色の粉のようなものが頬を撫で、膜を張る様にして全身に広がってゆく。 ふわり、と、空気の波を感じた。 気が付くと、体が宙に浮いていた。 「す…っげ」 腕と足を動かしてみる。 まるで綿の入った人形のそれのようだ。体中が嘘みたいに軽い。 同じように浮いている魔人が、腕を組んでこちらを見た。 「どうだ」 「…すげえ。お前、すげえな!」 オレは興奮して、人と同じような感触をした魔人の腕に触れた。 魔人は腕組みしたまま瞬きした。これは初めて見た顔だ。 オレは興奮したまま魔人の腕を取った。 何故か固まった魔人の身体を腕ごと無理やり引っぱる。一気に加速をつけて、勢いよく窓の外に飛び出した。 身体はぐんぐんと上昇を続ける。 「ひゃー!すっげえな、ホラ、見ろよ!」 眼下に宮殿と、宮殿の広大な庭園が見えた。俺が人生のほとんどを過ごす場所。 いつもは広く広大な白亜の宮殿と色とりどりの庭園が、ここから見るとあんなにも小さい。 宮殿を出ると、後はいつも通り砂漠だらけの景色が広がった。 物凄いスピードで、オレと魔人は雲と雲の間を掻い潜るように進んでいった。 途中、鳥とすれ違ってちょっとつつかれてしまった。飛んでいる気球に声を掛けるとすごい目で見られた。 うはは。サイコーだなこりゃ。 「マジはえー!ありえねー!おー…お!街だ!街が見えてきたぜ!」 街を見下ろし、オレと魔人は急ブレーキをかけた。 石ころがごろごろと並んでいるように見えたのは民家の群れだった。 貿易の盛んなこの国だけあって、市場には色とりどりの人だかりが見える。 宮殿の外に滅多に出ないオレは、それを食い入るように見つめた。 楽しそうな人々。べールで着飾った華やかな娘達。活気付く街並み。 「…あれは何だ」 不意に、黙っていた魔人が街の中央を指さした。 指の先には青い水溜りの様な物があった。 その周りは石壁で囲うように覆われており、門の前には兵隊と思しき門番が立っている。 あれは。 「オアシスだ」 「オアシス?」 「そう。この国の宝。神の恵みさ」 「神…」 魔人は鸚鵡返しに頷いた。お、この顔も始めてみた。 「この国はあまり雨が降らないから水が少ないんだ。だからオアシスは宝みたいなもんでよ。大切にされてる」 「へえ」 「まあ、足らない分は貿易でなんとでもなるんだけど。やっぱりな。この国に生まれた者なら皆、オアシスの恵みを愛してるから」 言いながら、オレはオアシスを見下ろした。 空の色を映し込んだ、透き通るような青。 「……意外だ」 魔人がこっちをじっと見て言った。こいつの目、どうしてこんなに吸い込まれそうになるんだろう。 「お前、ちゃんとした王子だったのか」 前言撤回。 「…は?!んだコラ馬鹿にしてんのかテメエ!!」 しゃーっと牙を剥く。すると魔人は不思議そうな顔をして首をかしげた。 「褒めたつもりだ」 「どこが?どこら辺?!」 「嬉しくないのか」 「ああ嬉しくないね。だったらもっとちゃんと褒めろっつーの!」 まったく、あれがどこをどうしたら褒め言葉になるんだろう。 オレはがっくりと肩を落とした。この魔人、言葉遣いがなっていなさすぎる。 「お前、オレの下僕みたいなもんなんだぞ。犬畜生よろしくご主人様をもっと敬え。拝め。讃え奉れ」 「断る」 「な・ん・で・だ」 「尊敬すべき点が無い」 「………今、オレの一番叶えて欲しい願いが決まったぞ。クソ犬、お前がオレに100%服従する。ざまみろ。さあ叶えろ」 「今日はもう無理だ」 魔人がさらりと言った。 「それに、オレはオレに魔法を掛けることは出来ない」 「…」 「残念だったな」 言いながら、ぽん、と肩を叩いてくる。 「…お前もう帰れ」 オレは肩を落とし、それから、敗北感いっぱいに呟いた。もうやだコイツ。 ところでこれは余談だが。 その日。太陽の国中に、空を跳ぶ人の影を見たという者が溢れかえった。 見た者はみな、その影は二つあったと言った。二つの影は、手を取り合って空を駆けていったと。 それが伝説となり、やがて神話となって語り継がれるようになるのは、まだもう少し先の話である。 ついでにそれが二人の神で、その二人がデキていたなんてオチが付く所は、まあ、よくある話。 |
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