太陽の王子と法のランプ



見た目はごく普通、というかただのガラクタだ。門前のノミの市で転がってて子どもの小遣いほどの値段もつかず、しかも誰も買わないような。豪勢な紗羅(うすぎぬ)が優雅に垂れる部屋の中、それだけがひたすらに貧相で異質だった。
こういうもんはこうじゃなくちゃな、と至極満足して、心を込めて擦ってやったのだ。

きゅ、きゅ、きゅ。三回。

やわらかなリネンの寝巻きの裾で手ずから。
ボワンと上がった煙の中から現れたものを見て、思わず叫びそうになった。すっげえ、最高。
思っていた以上だ。ムダに裸で腹の出たおっさんが出てくるかと思ったのに、それがどうよ。すげえかっこいい。
肌はこげ茶だ。スラリと長身。引き締まって強い印象の筋肉はごつごつしてんのに肌がキレイだから全体は滑らかな印象だ。確かに露出は高いが、纏う衣のムダの少なさとそれなのにゆったりした感じが品良い。
髪の色は見たこともない銀色。めずらしい、というか人には有り得ない色だ。
ここまで来て顔まで好いなんて、いいのかそんなん。こんなん貰えるなんて、王子って最高だ。
眼、この眼なんだよ、アンバ−(琥珀)かコリャ。


なんて相応しいんだ、オレに。太陽の王子に。



「よう」
実際はずっと長いこと生きているのだろうけれど、見た目の年が近いのも嬉しくて、気安く声をかけた。夜の国に養子に行った兄と同じか、それより下くらい。
「初めましてだな。オレはアマクニ。今日16になったとこだ。好きなものはかわいい女の子とピ−カン晴れと鳥の国のナギ姫と鳥の国の雨だ。イケメンの男は苦手だけどお前は気に入った。そういうわけで今からお前の主人だ」

「……とりあえず、」
魔人の声は低い響き。声までいいのかよもう。
「何でアンタが、オレの主人だ」

無礼な物言いだが、この魔人はランプに長いこと封じられたままだったというから、いきなり外に出されて誰が主人とか言われても戸惑って当たり前だろう。
「え−とな、」
王から渡される時に聞いた話を思い出しながら説明を試みる。
銀髪の魔人は床すれすれながらふわふわ宙に浮いていて、それがまた、「それ」っぽくていい。王子はまた機嫌よく視線を自分より高いところにある魔人の顔に移した。
「何だっけ? そういう契約なんだろ。お前をランプに封じた人との。三回擦って呼び出した者の願いを叶える、ていうのが。何でも叶えてくれんだろ? で、お前みたいのが悪い奴に使われちゃなんねえってんで、そのランプは道徳心に篤い太陽王テル=オオカミに献上された。だろ?」
「ああ、その通りだ」
「で、その太陽王が、オレが大人になった証ってことでお前をオレにくれたんだ。願いを叶えてくれる精霊。オレはお前を倉に閉じ込めておこうとは思ってないし、この宮殿ではオレ以外の奴はこのランプに触れちゃいけないことになってる。とにかく、お前はオレの、てわけ。お前がランプに入る時にした契約がオレに引き継がれた、てことにもなんのかな。
で、まあそういうわけだから。オレに忠誠を誓って、これから必要な時には力を貸してくれよ。てこと」

OK? と広げた両手を無感動に目で追いながら、魔人は低く問うた。
「つまり―――…太陽王が、オレを、お前に賜予したと。で、お前が太陽王の王子か」
「その通り」
「で、お前に、忠誠を?」
「おう、いっちょ男前に誓え」
ど−ん、と胸を張った王子をしげしげと見つめ、魔人は
「………誓いたくねえな」
大声でぼそりとやった。
「ああアァァァァア!? 何だとコラ!!」
「ってよ……とりあえず」
太陽の王族は飾り気のないラフな人柄で人民に慕われているのだが、とはいえとっさに上がった品の欠片もない声に魔人は片眉を上げる。
「ランプん中からでもちっとくらいは、外の話とか、聞こえてんだ。太陽王の跡継ぎ、つうからどんな奴だろうと思ってたが――、」

「ただの猿じゃねえか。期待外れだ」



「ぬぉあ! っだとコラ!」
「なんか茶色いし」
「問題あんのかよ茶毛で! 金髪フェチかてめえ!!」
「どうせなら太陽王に仕えたかったのによ」
「オレじゃ不満だってのかよ!!!!」
「大いに不満だ」
「こっっっっっっの野郎!!」

―――王子なのも16になったのも、もらったランプの精も、ちっとも最高じゃなかった。



ふざけんなのクソの、コゲの、バリエ−ションの少ない罵り(まだ相手のことなどほとんど知らない上に、これでも一応高貴の生まれ育ちだ)をひとしきりがなり、言うことが思いつかなくなってきたころに、
「で、」
魔人が何でもないように言うので、思わず
「うん」
と素で返す。

「呼び出したんだから望みを言え。一つだ」
「あ−…、え−−?」
そういや、そういう存在だった。コイツは。だけど、望み? 天井を睨んで考える。
「……考えてなかった。いいよ今日はもう。ランプ戻れよ」
魔人は首を振る。
「そういうわけにはいかねえ。何か一コ、叶えないと戻れねんだ」
「マジで?」
「そういう契約だ」
「今日のところはお前クソして寝ろ、ていう望みでもナシ?」
「オレは人間じゃないからクソは出ねえし。ランプに戻る、てのは願い事としては成立しねえ」
「え−ウッソ。お大便出ねえの? エ−」
「小も出ねえし。いいからさっさと何か言え」
「え−とえ−とえ−−と、じゃあ、何言うかじっくり考えっから、それまで居ろ」
「それが今日の望み、でいいのか?」
「ん」
「承った」
重々しく頷いて、魔人は部屋の真ん中にあるベッドに向かって、足下の方に腰かけた。今の今までふわふわ浮いていただけあって、ほとんど重さは感じさせないが、重力に従うことも出来るらしい。羽根布団が少しだけ沈んだ。
新しい主人が、今日はもうランプの精にかまったら寝るだけなのをわかっているようだ。王子の寝床に腰かけるなど他所でなら不敬罪で首の一つも切られようが、アマクニはやたらと敬われるのも苦手なたちで、それくらいが丁度いいとさえ思う。意外に気が利くじゃねえの、と素直に天蓋つきの広いベッドにダイブした。
さて何を願おう、とごろごろしながらニヤける。ささやかなことでいいんだし、何か芸でもさせようか。
「あ、ちなみにな」
楽しい思考に魔人が水をさした。

「お前が望みを考えついたら、オレはランプに戻るからな」
「えッ?」
「それまでここに居ろ、てのが望みだったろ。それから、呼び出しに応じることができんのは一日一回までだ」
「何ッッじゃそりゃあ!」
「そういう契約だ」
しれっと言って魔人は肩をすくめた。



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